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最近、読書に再燃し始めました。

小説、特にハードカバーをとても熱く感じてます。とはいえ、未だ『コンビニ人間』『火花』しか買って読んでません。

本を読み始めたのは大学2年生になってからでした。去年度は100冊を目標にあらゆるジャンルの本を読み進めていたのですが、結果64冊に終わってしまいました。一見64冊は多いように見えますが、月ペースで考えると、5冊/月になるので、別に目指していたわけではないですが、本の虫とまではいきません。冒頭で再燃と言ったのはこの目標が達成できず読書から距離を置いてしまったからです。今思えば読了冊数なんてただ1つの読書の指標であって、そこに大した意味は無く、読書を続けることに意味があったのだと思います。自分で自分の首を絞めてました。バカでした。月末に気になったら数える程度にします。

本に関してですが、当然、読んでいる中でも得手不得手があり、好きなジャンル以外のものにあまり面白味を感じられませんでした。これは読書人生早期にして中々の問題でした。今は冊数は気にしないようにしてますが、当時、100冊突破を視野に入れる観点からも読書のペースが落ちる点は問題でした。ましてや偏りある読書はもはや読書の意味を欠いてしまうのではないかと、根本的に無意味になってしまう可能性すら感じました。実際に偏りがある読書を良しとしない教えの本を何冊か読んだので尚更そう思いました。

文庫小説は新書、自己啓発本、カルチャー本等々に比べると得るものがないように感じられ、当然タイトルによって波はありましたが、大体が読んでいて退屈でした。けれども、教えに従い「あらゆるジャンルを読まないとダメだ!」と自分に思わせ、必死に小説を読みました。新書が長くて200ページ程で大体終わるのに対して、小説は250程度はざらで長いもので300を越えてくるので、読んでいて絶望を感じました。目で厚さを計るのは良いのですが、数字にされてしまうと本当に絶望します。負けずに頑張り、読んだ冊数に対して3割をキープできるように小説を読みました。3割をキープすることになると単純に3回に1回小説でした。本当に辛かったです。

しかし、ある日、『コンビニ人間』を読んで世界が変わりました。初めて本を読みながら声を出して笑いました。人と話してて笑ったり、twitterで不意に笑ってしまう笑いとまた違う感覚でした。上手く言葉にできないのですが、ものすごい共感からつい笑ってしまいました。「あぁこんな奴いるわ」「これ他の人も思うんだ」っていう感じで笑ってしまいました。文庫化されてしまえば同じ文庫小説の棚に並んでしまいますが、文芸として発売されて、デカデカと本屋の目立つところに置いてあるだけありました。当然なのですが表現の仕方が上手でした。読んでなくてもそんなことは分かるのですが、読んでみて初めてその上手さを体感してしまいました。本当に"してしまいました"。VRと同じです。実際、付けたことないけどVRが凄いのを知っている人が、本当にVRを付けてみて"凄い"と感じるのと同じ感覚です。もうゲームをするにはVR以外できないと言わんばかりに、読書をするには文芸じゃないとダメです。しかも、没頭したせいかページ数をあまり気にせず、絶え間ない圧を受けなくて済みました。なんて心臓に優しいのでしょうか。あとハードカバーが群れを成すと何だかオシャレです。

冒頭で言った通り、「未だ『コンビニ人間』と『火花』しか読んでない」のでこんなふうに思ってしまうのかもしれませんが、文芸とても熱いです。もっと読んでいきたいと思いました。

で、このブログは出来るだけ趣味である本の事を書いていこうと思いました。書いていて思いつきました。正直、書く内容はなんだって良いのですが、自分の考えをまとめる練習になればいいなと思ってます。以前、ノートに本の感想をまとめていたのですが、やはり人目がないからか全く緊張感がなく、「面白かった」で大体が終わってしまいました。単純な話、それをブログに移す事で、アクセス数は手足の本数より少ないですが、誰かに見られる可能性があるという最低限の緊張感を保ちながら続けることができます。必ずしもチェックされる訳ではないのが読書感想文と違っていい所ですし、今の自分のニーズにぴったりだと思います。

他にも旅行のことやサークルのことも書いていこうと思うと、何だか胸が弾みます。もしかしたらハードカバーよりブログに熱中しているのかもしれません。

今日は終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部嘘です。

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